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東京地方裁判所 昭和62年(刑わ)2642号 判決 1988年3月23日

主文

被告人を懲役一年六月に処する。

未決勾留日数中九〇日を右刑に算入する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は

第一  東京都千代田区<住所省略>○○ビル二〇一に本店を、大阪府大阪市浪速区<住所省略>に大阪本部を置いて、マーズ・マーケティング・カンパニーの名称でパーソナル・コンピューターのプログラムやマニュアル(取扱説明書)等の輸入・販売業を営んでいるものであるが、単独若しくは右大阪本部の責任者Aと共謀の上、法定の除外事由がなく、かつ、著作権者の許諾を得ずに複製されたものであることの情を知りながら又は前記本店において著作権者の許諾を得ずに複製した上、別紙記載のとおり、昭和六一年二月ころから同六二年四月四日ころまでの間、前後一四回にわたり、右本店及び大阪本部ほか五か所において、B等ほか一一名に対し、アメリカ合衆国のインターナショナル・ビジネス・マシーンズ・コーポレーション(以下「IBM」という。代表者ハワード・G.フイゲロア)が著作権を有するロムチップあるいはフロッピーディスクに記録されたプログラムの著作物である「ベーシック・インプット・アウトプット・システム」等合計八点及び言語の著作物であるマニュアル「IBM・パーソナル・コンピューター・XT・ハードウエア・リファレンス・ライブラリー・テクニカル・リファレンス」等合計一二冊の複製品を販売譲渡し、もって同社の著作権を侵害し

第二  Cと共謀の上、昭和六二年一〇月七日午前七時ころ、同都台東区入谷一丁目六番六号上野ロイヤルハイツ一二〇七号室入口において、警視庁万世橋警察署司法警察員警部補藤枝克嘉らが、被告人に対する著作権法違反事件の捜索差押許可状の執行をしようとした際、右捜索を阻止すべく、いったん開けかけた同室入口ドアを内側に強く引っ張り、入口ドアの間に右足を入れてドアを閉められるのを防ごうとしていた右藤枝に対し、こもごもその右足の脛部や甲部を足蹴にし、あるいは踏みつけるなどの暴行を加え、さらに同署司法警察員巡査部長西宏に対し、その下口唇部を手拳で一回殴打する暴行を加え、よって右警察官らの公務の執行を妨害するとともに、右暴行により右藤枝に対し、約二週間の加療を要する右大腿・下腿・足背部挫傷の傷害を、右西に対し約一〇日間の加療を要する下口唇部挫傷の傷害をそれぞれ負わせたものである。

(争点に対する判断)

第一  弁護人らは、プログラムの著作物の著作権侵害を処罰するためには、侵害の対象となっているものがコンピュータープログラムであるという認識だけではなく、個々のプログラムごとにその具体的内容を他のプログラムと識別できる程度に認識していることが必要であると解すべきところ、被告人が販売譲渡したロムチップあるいはフロッピーディスクに記録されたプログラムに対する認識の程度は右程度に至っていないから、著作権侵害の故意がない旨主張する。

そこで検討すると、著作権法一一九条一号は著作権等を侵害した者を処罰する旨規定し、同法一〇条一項九号は、著作物の例示の一つとしてプログラムの著作物を掲げ、同法二条一項一〇号の二はプログラムの意義として、電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したものをいうと定めている。とすれば、プログラムの認識の程度は、当該侵害の対象とされているものがプログラムであるとの認識があれば十分であり、さらに付加して個々のプログラムごとにその具体的内容を他のプログラムと識別できる程度に認識していることまでは不要であるというべきである。なぜなら、弁護人主張のように解すると、数種類のプログラムの複製品を販売した者は処罰できるものの、被告人のように二〇〇〇種類ものIBMのパーソナル・コンピューター(以下「パソコン」という。)及びIBMパソコンの互換機に使用できるソフトウエア(以下「IBM用ソフト」という。)の複製品を販売するとして扱っている者は、同人が相当のマニアでない限り、個々のプログラムの具体的内容を他のプログラムと識別できる程度に認識していることは難しく、したがって処罰できなくなる場合が多くなるという不都合が生じ、著作権法はかような不合理を甘受してまで、プログラムの著作物について厳しい事実の認識が必要であることを要求してはいないと解するのが相当であるからである。そして、本件において被告人が販売したロムチップ及びフロッピーディスクは、プログラムが全く記録されていない、いわゆる生のロムチップあるいはフロッピーディスクとしてではなく、コンピューターを稼働させるためのプログラムが記録されたものであるとして販売したことは被告人も自認するところであり、この点について認識があったことは関係証拠上も明らかである。

よって、弁護人らの右主張は採用できない。

第二  弁護人らは、本件起訴の対照となっているロムチップ、フロッピーディスク及びマニュアルは、被告人が、いずれもIBMが著作権者であることを知らずに販売したものであるから、著作権侵害の故意がない旨主張する。

一  そこで検討すると、関係証拠を総合すれば、次の事実が認められる。

1 ロムチップについて

本件のロムチップとは、ベイシック・インプット・アウトプットシステムプログラムが記録されているもので、IBMのパソコンのハードウエアの内部に組み込まれ、ロムチップ単独では販売されていないものであること、そして、IBMのパソコンのロムチップに帰因する故障が発生した場合には、ハードウエアごとIBM又はその代理店に持ち込み、ロムチップの交換等の修理を受けることになっていること、被告人が本件ロムチップを扱うようになった契機は、客から右のような修理の制度が時間がかかるため、ロムチップを売っていないのかと問われ、台湾から輸入したものであること、そして、本件ロムチップは、何も記録されていない生の部品としてではなく、プログラムの記録されたものとして輸入し、販売したものであること、そのロムチップは、IBMのパソコンのハードウエアに組み込まれて使用するものであるとの認識をもって販売したものであること、等が認められる。

2 フロッピーディスクについて

本件で起訴されているフロッピーディスクに記録されたプログラムであるパーソナル・エディター、トップ・ビュー及びディスプレイライト3は、いずれもIBMが著作権を持っているソフトウエアであること、被告人は、この三つのプログラムは、IBMのパソコンに使用できるソフトウエアである旨を店のカタログにおいて表示していること、これらのフロッピーディスクは、被告人の店のフロッピーディスクを元にしてコピーされたものであること(以下、このコピーの原盤となるフロッピーディスクを「マスターフロッピー」という。)、被告人の店には、これらのフロッピーディスクを起動して使用できるIBMパソコンXT及びATの各互換機があったこと、マスターフロッピーにはIBMの商標の記載がなく、IBM用ソフトとして表示された名前だけがラベルに記載されていたこと、客の中には、そのラベルに表示されたものとマスターフロッピーに記録されたものが一致しているかを確認した上で買っていくものがいたこと、そのために客が被告人あるいは従業員にソフトウエアを起動してくれるように依頼することもあったこと、本件起訴対象のプログラムのマスターフロッピーを起動すると、いずれもIBMのロゴマーク(語標)及び同社が著作権を有している旨の表示が出てくること、被告人は本件のマスターフロッピーを台湾の吉鵬電脳有限公司(以下「エルパ社」という。)から仕入れたが、フロッピー本体及びそれを保護する袋にはエルパ社の商標も名称も入っていないこと、等が認められる。

3 マニュアルについて

本件で起訴されているマニュアルは、①IBM・パーソナル・コンピューター・XT・ハードウエア・リファレンス・ライブラリー・テクニカル・リファレンス(以下「テクニカル・リファレンス」という。)②ディスク・オペレーティング・システム(バージョン3.10)リファレンス(以下「DOSリファレンス」という。)③トップ・ビュー④パーソナル・エディターの四種類であるところ、これらは文字による著作物であって、著作権者が存在するであろうということは容易に推測されるものであること、被告人は、テクニカル・リファレンスがIBMパソコンXT・ハードウエアの取扱説明書であること及びDOSリファレンスがIBMのパソコンのドス(コンピューターで使われる最も基本的なプログラムで、他のプログラムの実行を制御したり、ディスクの上のデーターを管理したりするためのプログラム)の取扱説明書であることを知っていたこと、右③は本件で起訴されているソフトウエアのトップ・ビューの取扱説明書であり、同様に④はパーソナル・エディターの取扱説明書であること、したがって、トップ・ビュー及びパーソナル・エディターのプログラムの著作権者が、マニュアルの著作権者でもあることが容易に推測されるものであること、甲77、87及び90の内表紙の裏にIBMが著作権者である旨の表示があること、トップ・ビューのマニュアル(甲101)の三頁には、ソフトウエアを使用するについてのIBMとソフト購入者間の契約の記載があって、バックアップ(複製)をとるについての制限の記載があること、同様に、五頁には質問があるときはIBMあてに手紙を送って質問できる旨の記載があること、パーソナル・エディターのマニュアル(甲102)の二枚目に「file_7.jpgcopyright」の記載があること、また、質問があるときはIBMまで連絡してくれるようにという趣旨の記載があること、トップ・ビューのマニュアル(甲108)には、裏表紙の値段を貼ってあるすぐ上に、「file_8.jpgIBM Corp1984 All rights reseved」との記載があること、等の事実が認められる。

4 被告人の著作権に対する知識など

被告人は、台湾の国立政大学経営学科を卒業後、国費留学生試験に合格して昭和五三年四月来日し、神戸大学大学院経営学科で五年間学び、同大学院卒業後は台湾の出身大学の教員にならないかと勧誘されたこともあったこと、被告人は、著作権がある商品を権利者に無断で複製したものを販売することは著作権法に違反することを知っていること、また、著作者のあるソフトウエアを勝手に複製して販売すれば、法律に違反することを知っていること、にもかかわらず、被告人の店では、IBM用ソフトとアップル社のパソコン及びその互換機に使用できるソフトウエア(以下「アップル用ソフト」という。)を各約二〇〇〇種類のマスターフロッピーを用意し、それを元に被告人の店で無断複製して販売していたこと、そして、IBM用ソフト及びアップル用ソフトを安価で買える旨をパソコンの記事が掲載されている専門雑誌に広告を載せ、また、店にはカタログを準備して勧誘していたこと、被告人の店の大阪本部の責任者であったAは、昭和六一年九月ころ、被告人に対し、大阪で扱っている商品は著作権法違反になるのではないかと指摘したこと、同じく同月下旬ないし同年一〇月上旬ころ、Aの著作権法違反になるのではないかとの問いに対し、被告人は、フロッピーディスクやマニュアルは台湾のメーカーが著作権料を支払っており、合法商品なので日本で販売しても大丈夫である旨答えていること、しかしながら、同年一一月ころ、Aの代理店契約を結ばないのかとの問いに対し、被告人は、いずれ代理店契約のことも真面目に考えておく旨答えていること、本店で働いていたDは、客からIBM用のソフト及びマニュアルを売っていいのかと言われたことがあり、被告人に対し、IBMのはまずいのではないかと注意したことがあったこと、同じく本店で働いていたB等は、店で客が被告人に対し、こういうフロッピーとかマニュアルを日本で売って大丈夫かと尋ねたのに対し、ソフト及びマニュアルは台湾の方で版権料を払っているから大丈夫である、また、台湾では全然問題ないが日本では少し問題があるかもしれない旨答えたのを聞いていること、等が認められる。

5 被告人のコンピューターに関する知識など

被告人は、昭和五九年春ころからコンピューター機器類の販売を始め、その時はアメリカのアップル社のパソコンの互換機やその周辺装置の輸入販売をしていたこと、同年一〇月ころ、被告人の取引の相手方であったEは、被告人に対し、アップル用のソフトの複製品をあまり安く販売すると著作権法違反で告訴される旨忠告したこと、被告人は、アップル用ソフトの商品を扱つている旨の広告を、「トランジスタ技術」誌の昭和六〇年五月号から掲載していること、被告人の趣味は読書で、コンピューター関係の本を読んでいること、被告人は昭和六一年八月ころから約二か月間、株式会社聯友企業において、週に一ないし二回の割合でコンピューターの操作指導を行っていたこと、本店には、IBMパソコンのXT及びATの各互換機並びに日本電気のパソコンであるPC―九八〇一があり、被告人もそれぞれのパソコンを使って、客の求めに応じてマスターフロッピーを元に複製を作ったり、商品のフロッピーディスクに貼布するプログラム名のラベルを印刷したり、顧客の名簿を管理するなどしていたこと、等が認められる。

6 被告人の主張の変化について

被告人は、当公判廷で、当初本件ロムチップ、フロッピーディスク及びマニュアルがIBMが著作権者であることは知らなかった旨主張していたが、被告人質問(第四回公判)において、これらは合法複製である旨主張し始めたこと、合法複製であるならば、著作権者の名前はともかくとして、少なくとも著作権者が存在していたことは知っていたはずであること、しかもフロッピーディスクの場合、被告人は台湾から持ち込んだものをそのまま販売したのではなく、原則としてそれをマスターフロッピーとして更に複製品を作って販売し、また複製品を作るにあたり著作権者の許諾を得ていないこと、大阪本部の責任者であったAに対しては、被告人の店の商品は合法複製である旨述べ、著作権者がいることを知っていると思われる発言をしていること、等が認められる。

二 著作権法一一九条一号により著作権を侵害した者を処罰するためには、行為者が当該著作物の権利者は具体的に誰かとの認識までは必要ではなく、権利者が存在するとの認識があれば足りると解すべきところ、前記一で認定した事実を総合すれば、被告人は、ロムチップ、フロッピーディスク及びマニュアルのいずれについても権利者の存在する著作物であると認識しつつ、本件の各相手方に販売したものであると認めるのが相当である。

右認定に反する被告人の当公判廷における供述部分は他の関係証拠に照らして措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

よって、弁護人らの前記主張は採用できない。

第三  弁護人らは、本件ロムチップ、フロッピーディスク及びマニュアルは、いずれも被告人が仕入先から合法複製品である旨告げられて、これを信じて販売したものであるから、著作権法違反の罪は成立しない旨主張する。

一  関係証拠を総合をすれば、次の事実が認められる。

被告人は、台湾のエルパ社から仕入れたフロッピーディスク及びマニュアルが合法複製品である旨信じた根拠として、同社の陳なる女性の営業責任者が、著作権者の承諾を得ている旨述べたことを掲げているところ、陳という女性が実存するということの客観的根拠が示されていないので存在自体疑わしいのであるが、仮に実存するとしても、被告人は同女の言葉の裏付けをとっていないこと、被告人は合法複製である根拠の一つとして、フロッピーディスク中にリード・ミー(read me)というファイルかあるからといいながら、リード・ミーの内容を具体的に検討していなかったこと、他方、当公判廷において被告人は、リード・ミー中にエルパ社の住所と電話番号が入っていることは確認した旨供述していること、リード・ミーの中には、エルパ社の社名はなく、「ゲットポイントコンピューター」という会社名が記録されているにすぎず、またエルパ社がIBMの許諾を得て複製した旨の表示はなされていないこと、かえってそれぞれのフロッピーディスクを起動すると、IBMが著作権を有する旨の表示が出てくること、マスターフロッピーの外観上、生フロッピーディスクを製造したメーカーの表示は存在するものの、エルパ社が著作権者の許諾を得て複製した旨の表示がないこと、マニュアルにも、権利者の許諾を得て複製した旨の表示がないこと、かえってIBMが著作権を有する旨を表示する記載が存すること、マニュアルの複製品の印刷を見ると真正品と比較して不鮮明であり、特にパーソナル・エディターのマニュアル(甲102)を見ると、不鮮明に印刷したものを束ねただけで、外観上、版権を得た上で作成されたものであるとは到底思われない品物も存すること、フロッピーディスクの仕入値は一点一五〇〇円であり、真正品に比べ非常に安い値段で仕入れていること、被告人が販売したフロッピーディスクは、原則として仕入れた物をそのまま販売するのではなく、それをマスターフロッピーとして被告人の店で権利者の許諾なく複製したものを売っていたものであること、等が認められる。

二  以上の事実及び前記第二で認定した事実を総合すれば、フロッピーディスクの販売については、被告人の弁解どおりであったとしても、権利者の許諾なくして複製して販売した行為自体が著作権の侵害に該当し、したがって、弁護人らの主張は採用し得ないのみならず、被告人は合法複製品でないことを知りながら本件ロムチップ、フロッピーディスク及びマニュアルを販売したものと認めるのが相当である。

右認定に反する被告人の当公判廷における供述部分は他の関係証拠に照らして措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

よつて、弁護人らの主張は採用できない。

第四  弁護人らは、①被告人が別紙1、2及び4記載のB等に対し販売したとされているフロッピーディスク(以下、この三点のフロッピーディスクを「本件フロッピー」という。)は、黒のノーブランドのフロッピーディスクであるところ、被告人の店ではコピー用の生フロッピーディスクとしての黒のノーブランドのものを使用していた事実は一切ない、②被告人の店では領収証を全てきちんとつけており、しかるにBに売った旨の領収証が存在しない、③Bは、被告人が逮捕される前は別表1のパーソナル・エディターを買った日を昭和六一年一月二日と供述していたのに、逮捕後は同年二月上旬と変えたのは不自然である、④被告人は、昭和六一年四月下旬から同年五月上旬にかけて不在であり、店はBらのアルバイト店員のみで営業していたもので、Bは自由にマスターフロッピーからコピーできる状態にあったから、本件フロッピーは、その当時、同人が勝手にコピーしたものである、等として、被告人がBに対し、本件フロッピーを販売したことはない旨主張する。

一  本件フロッピーのマスターフロッピーとBが買ったとするフロッピーディスクのプログラムの同一性について

関係証拠を総合すれば、被告人の店では、台湾から仕入れたフロッピーディスクを客にそのまま売るのではなく、原則としてそのフロッピーディスクを原盤として店で生フロッピーディスクに複製した上、それを客に売っていたこと、Bは、本件フロッピーも右のような方法により複製されたものを買ったと証言していること、そして、買ったものが壊れたときのために、それぞれのフロッピーディスクをもとにバックアップをとったと証言していること、マスターフロッピーと、Bが買ったと証言するフロッピーディスクと、更に、買ったフロッピーディスクからバックアップをとったと証言するフロッピーディスクの中に記録されたプログラムの内容が同一であり、また、マスターフロッピーが作られた日を表わす識別番号と、買ったとするフロッピーディスク及びそれをもとにバックアップをとったとするフロッピーディスクの各識別番号が同一であること等が認められる。

以上の事実を総合すれば、Bが買ったと証言する本件フロッピーは、被告人の店のマスターフロッピーから複製されたものであることが認められる。

二  被告人の店から買ったフロッピーディスクに黒のノーブランドのものが存在することについて

関係証拠を総合すれれは、Fは、昭和六一年六月ころ、WORD STAR(DOS2.0)V3.3という名前のプログラムが記録されたフロッピーディスク(甲164)を、被告人の店の大阪本部から購入したこと、そのプログラムはノーブランドの黒のフロッピーディスクに記録されていること、Gは、同年一二月三日ころ、被告人の店の大阪本部からIBMパソコンXTの互換機を買ったが、その際IBMプログラムの一部が複製されているワープロ用に使うフロッピーディスク(甲175)を無料でもらったこと、右フロッピーディスクは、黒のノーブランドのものであること、右F及びGは、前記各フロッピーディスクを取得するに至った経緯について司法警察員に対し供述しているが、各調書は本件の起訴前において作成されたものであり、本件公判において被告人の店で黒のノーブランドのフロッピーディスクを使用していた事実の有無が争点の一つとなる前に作成されたものであること、同様に、甲164は昭和六二年五月一九日付けでFより任意提出され、それが領置されていたもの、同様に甲175は同年六月三日付けで、Gから任意提出され、それが領置されていたものであって、本件公判において被告人の店でノーブランドの黒の生フロッピーディスクを使用していた事実の存否が争点となる以前において、その点を意識することなく証拠収集されていたものであること、大阪本部ではフロッピーディスクの複製を行っておらず、同本部のフロッピーディスクは東京の本店で複製したものを送っていたものであること、東京の本店から押収されたフロッピーディスク(甲161)のうちで、マスターフロッピー又は被告人個人用のフロッピーディスクの中に、黒のノーブランドのものが三〇点余存在すること、Bは、同人が被告人の店で働いていた当時、約一割の生フロッピーディスクが、黒のノーブランドのものであった旨証言していること等が認められる。

以上の事実を総合すれば、被告人の店では、複製用の生フロッピーディスクとして、黒のノーブランドのものも使用していたことが認められる。

三  領収証について

関係証拠を総合すれば、Bは、同人が被告人の店から商品を買ったときは、領収証をもらったときとそうでないときがあったと証言していること、弁護人申請の領収証控においても、同時期に同じ番号の領収証が発行されていたり、日付が連続していなかったり、あるいは日付が前後したりしており、また領収証としてではなく、計算のためのメモ用紙として使用されているものであること、したがって、領収証の発行は必ずしも常にきらんと管理されていたものではないこと等が認められる。

以上の事実を総合すれば、Bに対し本件フロッピーを販売した旨の領収証が存在しないことは、必ずしも不自然ではないのみならず、被告人は自ら販売した物品について全て領収証を切っている旨の主張に疑問があることが認められる。

四  パーソナル・エディターの購入時期に関するBの供述の変化について

関係証拠を総合すれば、Bは当初捜査機関に対し、パーソナル・エディターを購入した時期を昭和六一年一月二日と述べていたこと、しかし、購入した場所は、現在の本店である千代田区(住所省略)○○ビル二〇一と述べていたこと、ところが、被告人は逮捕された後、同人が同年一月二日は日本におらず、また、その当時本店は四階にあつた旨主張したこと、そこでBは再度事情聴取を受け、購入時期を同年二月上旬ころに訂正したものであること、Bは当初一月二日と供述した理由として警察で取調を受けたので気が動転した旨証言していること、そして、当公判廷において、同人は、購入時期について昭和六一年二月と証言していること等が認められる。

以上の事実を総合すれば、Bは購入場所については当初から○○ビルの四階ではなく、二〇一号室と供述していたものであり、また、一月二日との供述は、領収証等の客観的な証拠物を示して行われたものでもないから、通常の社会人として生活してきたBが警察で取調を受けて気が動転したとの理由も首肯することができるというべきである。

五  昭和六一年四月下旬から五月上旬の被告人不在中にBが勝手に複製したものであるとの主張について

関係証拠を総合すれば、被告人は昭和六一年四月二七日に日本を出国し、翌五月九日に帰国したこと、Bはその当時NTTの従業員であり、同年五月一〇日ころ、広島にある関連会社に出向したこと、同人は、NTTが休みの時は、概ね被告人の店でアルバイトとして働いていたこと、被告人不在中の右期間の土曜日、日曜日及び祭日は、他の従業員らとともに店で働いていたこと等が認められる。

しかし、被告人らの主張によってもBは昭和六一年三月二〇日には本件フロッピーを使用できるIBMパソコンXTの互換機を被告人の店から購入しており、コンピューターのマニアであるBが、IBMの基本的なソフトであって、かつ、さほど高価品とはいえない(買い値は各二七〇〇円である)本件フロッピーの中の1及び2を一か月以上も購入しないで使用していなかったとするのは不自然であるというべきである。

六  弁護人らの主張によると、被告人は、本件フロッピーのプログラムの内容につき、個々具体的に他のプログラムから識別できる程度の商品知識がなかったものであるところ、関係証拠を総合すれば、Bは被告人の店から多数回にわたってハードウエア、IBM用ソフト、マニュアル等を購入していること、Bは当公判廷においてフロッピーディスクだけでも約三〇点購入した旨述べていること等が認められ、以上を総合すれば、被告人がBに対し本件フロッピーは売っていないと断定するからには、相当強い印象ないし根拠が存在すると思料されるところ、被告人が主張する客観的事実(前記二及び三)は前記認定のとおりいずれも合理的な疑いを生じさせるものとはいえないこと、被告人は一方で、当公判廷において、起訴の段階で別表の番号1ははずれると思った旨述べていること、他方、Bは、当裁判所の、被告人に無断で本件フロッピーを複製した事実はないかとの質問に対し、明確に否定していること等が認められる。

七  前記一ないし六で検討した点を総合すれば、本件フロッピーは、Bが被告人から購入したものであると認めるのが相当であり、右認定に反する被告人の当公判廷における供述部分は、他の関係証拠に照らし措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

よって、弁護人らの右主張は採用できない。

(法令の適用)

一  罰条

1  被告人の判示第一の所為のうち

(一) 別紙番号1及び11のパーソナル・エディターのフロッピーディスクを販売した点は包括して著作権法一一九条一号

(二) 別紙番号2、6及び11のトップ・ビューのフロッピーディスクを販売した点は包括して同法一一九条一号

(三) 別紙番号3、5、7ないし10、12、14のテクニカル・リファレンスのマニュアルを販売した点は包括して同法一一九条一号(別紙番号8、9及び14につき刑法六〇条)

(四) 別紙番号4及び11のディスプレイライト3のフロッピーディスクを販売した点は包括して著作権法一一九条一号

(五) 別紙番号11のロムチップ並びにDOSリファレンス及びパーソナル・エディターの各マニュアルを販売した点はいずれも同法一一九条一号

(六) 別紙番号11および13のトッフ・ビューのマニュアルを販売した点は包括して同法一一九条一号(別紙番号13につき刑法六〇条)

2  判示第二の所為のうち

(一) 公務執行妨害の点は刑法六〇条、九五条一項

(二) 傷害の点は刑法六〇条、二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号

二  観念的競合の処理(判示第二につき)

刑法五四条一項前段、一〇条(重い傷害罪の刑で処断する。)

三  刑種の選択

判示第一の各罪及び第二の罪について、いずれも懲役刑を選択

四  併合罪の処理

刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(刑の最も重い判示第二の罪の刑に同法四七条但書の制限内で加重)

五  未決勾留日数の算入

刑法二一条

六  訴訟費用の負担

刑事訴訟法一八一条一項本文

(量刑の事情)

本件判示第一の行為は、被告人単独又は大阪本部の責任者であるAと共謀の上、著作権者であるIBMの許諾なくして複製されたロムチップ、フロッピーディスク及びマニュアルを台湾及び韓国から輸入し、フロッピーディスクにおいては更に被告人の店で複製した上で、それぞれ販売したというものであり、第二の行為は、被告人の父と共謀の上、第一の著作権法違反事件の捜索差押に行つた警察官に対し、暴行を加えて捜索差押の執行を妨害し、その際警察官二名に対し傷害を負わせたという事実である。被告人が右各犯行に及んだ経緯をみるに、第一については、IBMパソコン用のソフトの正規の供給網が必ずしも十分でないところに目をつけ、真正品に比べ安く提供することにより利益を上げようとしたものであり、第二については、被告人の玄関先に来ている者が著作権法違反被疑事件の捜査担当者であることを熟知しておりながら本件に及んでいるものであって、動機において特に斟酌すべき事情は認められない。被告人は、著作権者の許諾なく複製されたものを販売したり、また、無断で複製して販売してはいけないことを十分認識しながら本件を敢行したものであって、パソコンの専門誌に広告を掲載して客を集め、店においてはカタログを用意して宣伝する一方、無断複製のフロッピーディスク、マニュアル及びロムチップを台湾及び韓国から相当量仕入れ、更に、フロッピーディスクにおいては、IBMパソコンXTの互換機及びデュプリケーター等を設置して、被告人の店で無断複製して販売するなど、被告人の事業として行っていたものである。このようにして本件に関係する売上を含んだ総売上は、昭和六一年には約一億二〇〇〇万円、同六二年一月から四月までで約四〇〇〇万円に上っており、これに対し、著作権者であるIBMは、右売上額中の同社が著作権を有するロムチップ、フロッピーディスク及びマニュアルに対応する部分について経済的損害を受けているのに、被告人は何ら被害弁償の措置を講じていない。更に、この種の犯罪は著作権者が多年にわたる著作物創造の努力、商品開発に対する投資、宣伝活動等によって獲得してきた真正品に対する信用や実績に便乗して不当な利益を図るものであり、また、その罪質上伝播性が著しいもので、その蔓延は著作物開発の意欲を削ぎ、そのリスクを考慮して商品の高価格化を招く恐れがあるなど弊害が大きいこと、加えて、判示第二の犯行では、被告人は、同人の父に包丁を持ってくるよう依頼しており、まかり間違えばより重大な結果が発生したかもしれない危険な犯行であつたことなどをも併せ考えると、被告人の刑事責任は重いといわなければならない。

(なお、弁護人らは、別表11のHに対する販売は、いわゆるおとり捜査である旨主張するけれども、被告人は前記のとおり雑誌の広告及び店頭のカタログで客を集めており、右Hも他の通常の客と同様の方法により買い求めているから、おとり捜査であるとの主張は採用できない。)

他方、被告人は昭和五三年四月から日本に居住しているが、これまで前科前歴がないこと、IBMは本件告訴に至るまで、被告人に対して著作権侵害に関する警告を行わなかったことが窺われること、被告人は本件が強制捜査に移行した際、大きく報道されるなどそれなりの社会的制裁を受けたこと、被告人の事件に対する対応の関係もあって、相当期間勾留され、事実上の制裁を受けたこと、その他被告人の家族の状況等、被告人のために斟酌すべき事情も認められるので、これらを総合勘案して、主文のとおり刑の量定をした。

(求刑懲役二年)

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官鈴木浩美)

別紙<省略>

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